記事
投稿日時:2011/03/31 23:44

すぐ使えるLED懐中電灯 電池付きが良い



東日本大震災により、今現在お店には懐中電灯も乾電池もほとんど買えない状態ですね。
今すぐに私や、あなたに災害が起きないとは言い切れません。
私は常日頃から、LED懐中電灯と充電式リチューム電池を準備していました。
でも、もう2~3灯を用意したいと思います。
あまり安いものは照度が低いので、1500円~3000円くらいのものがほしいところです。
近日中には探して準備します。

LEDライトは省電力なので、従来の懐中電灯と比べて7・8倍乾電池が長持ちするから嬉しいです。



電力1ワット以上LEDライト(懐中電灯)の良いところ

 
◎急な災害時、停電などの暗闇でも、このLEDライトがあれば安心。
◎ボタンスイッチで、ON・OFF切換えも簡単。
◎消費電力の少ないLEDで長時間使用OK。
◎大光量LED灯で遠方の視認もバッチリ!
◎日本製アルカリ電池付属ですので、すぐに使えます!
◎衝撃に強い金属製。
◎ラバーグリップ部分は夜行塗料入りで暗闇で光る。

こんな条件がほしい。



投稿日時:2011/03/07 22:29

お経の般若心経仏教とは




『般若心経』(はんにゃしんぎょう、サンスクリット:)は大乗仏教の空・般若思想を説いた経典の1つ。宗派によって呼び方は様々あり、この他に仏説摩訶般若波羅蜜多心経、摩訶般若波羅蜜多心経、般若波羅蜜多心経と言う。略称として心経。なお、漢訳には題名に「経」が付されているが、サンスクリットテキストの題名には「経」に相当する「スートラ」の字句はない。

300字足らずの本文に大乗仏教の心髄


僅か300字足らずの本文に大乗仏教の心髄が説かれているとされ、一部の宗派を除き僧侶・在家を問わず、読誦経典の1つとして、永く依用されている

『般若心経』(はんにゃしんぎょう、サンスクリット:Prajñā-pāramitā-hṛdaya प्रज्ञापारमिताहृदयसूत्र)は大乗仏教の空・般若思想を説いた経典の1つ。宗派によって呼び方は様々あり、この他に仏説摩訶般若波羅蜜多心経、摩訶般若波羅蜜多心経、般若波羅蜜多心経と言う。略称として心経。なお、漢訳には題名に「経」が付されているが、サンスクリットテキストの題名には「経」に相当する「スートラ」の字句はない。
僅か300字足らずの本文に大乗仏教の心髄が説かれているとされ、一部の宗派を除き僧侶・在家を問わず、読誦経典の1つとして、永く依用されている。






般若心経は最古の経典目録


最古の経典目録(経録)で、東晋の釈道安撰『綜理衆経目録』(梁の僧祐撰『出三蔵記集』にほぼ収む)には、『摩訶般若波羅蜜神咒一巻』及び『般若波羅蜜神咒一巻 異本』とあり、経としての般若心経成立以前から、呪文による儀礼が先に成立していたという説もある。これらは、後世の文献では前者は3世紀中央アジア出身の支謙、後者は鳩摩羅什の訳とされているが、『綜理衆経目録』には訳者不明(失訳)とされており、この二人に帰することは信憑性にとぼしい。前者は現存せず、後者は大蔵経収録の羅什訳
『摩訶般若波羅蜜大明咒經』ともされているが、鳩摩羅什の訳経開始が402年であるため、釈道安の没年385年には未訳出である。またそのテキストの主要部は宋・元・明大蔵経版の鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜経』のテキストと一致するが、宋版大蔵経の刊行は12世紀後半であるため、このテキストが鳩摩羅什訳であるということも疑われている。
649年、インドより帰還した玄奘もまた『般若心経』を翻訳したとされている[1]。
しかし、文献学的にはテキストの主要部分が高麗大蔵経版(13世紀前半)の鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜経』からの抽出文そのものであり、玄奘が翻訳した『大般若波羅蜜多経』の該当部分とは異なるため、これも鳩摩羅什訳と同様に玄奘訳であるということが疑われており、偽経説の根拠の一つとなっている。

現在、玄奘訳の最古のテキストとされるものは、672年に建てられた弘福寺(興福寺)の集王聖教序碑(集字聖教序碑)中の『聖教序』の後に付加されているテキストである。しかしながら太宗が『聖教序』を下賜した648年から大幅に時間が経過している上、跋文に「勅を奉けて潤色せり」という記載があることから、この碑文は玄奘の没後にその偉業を讃えるために鳩摩羅什の訳文を元に玄奘訳としてまとめられたものではないかとする説もある。また、玄奘の弟子である慈恩大師基の『般若波羅蜜多心経幽讃』にもその旨を示唆するような記述がある。






また玄奘訳とされている『般若心経』は読誦用として最も広く普及しているが、これは鳩摩羅什訳と玄奘訳との双方がある経典は、古来前者が依用されていることを考慮すると異例のことである。なお『大般若波羅蜜多経』転読は頻繁に行われるが、経典のテキストそのものを読誦することは稀である。

600巻に及ぶ『大般若波羅蜜多経』


般若心経』は一般には600巻に及ぶ『大般若波羅蜜多経』の心髄を治むといわれているが、『大般若波羅蜜多経』(『大般若経』)及び『摩訶般若波羅蜜経』(『大品般若経』)からの抜粋に『陀羅尼集経』に収録されている陀羅尼(Skt:dhāranī)を末尾に付け加えたものである。般若経典群のテーマを「空」の1字に集約して、その重要性を説いて悟りの成就を讃える体裁をとりながら、末尾に付加した陀羅尼によって仏教の持つ呪術的な側面が特に強調されている。

現在までに漢訳、サンスクリットともに大本、小本の二系統のテキストが残存している。大本は小本の前後に序と結びの部分を付加して増広したものといわれている。現在最も流布しているのは玄奘三蔵訳とされる小本系の漢訳であり、『般若心経』といえばこれを指すことが多い。

般若心経の「心」とは、サンスクリット「hṛdaya」(フリダヤ、心臓、重要な物を意味する)の訳語であり、同時に呪(陀羅尼、真言)をも意味する語でもある。そのため、般若心経は空観を説く経典であるとされる一方、陀羅尼の経典であるともいわれている。一般に般若経典には、後期の密教化したものは別として、呪文などは含まれていない。それを考慮すると、『般若心経』は、般若経典としては極めて特異なものと言える。またサンスクリット・テキストの題名には経という語はないため、陀羅尼(総持)のために作られた唱文が、中国で経として扱われるようになったのではないかという説もある。

また『大般若波羅蜜多経』(大般若経)では、第二分功德品第三十二に「般若波羅蜜多」(という語句・概念自体)が大明呪(偉大な呪文)であると説かれているが、『般若心経』では、付加された雑密の陀羅尼との辻褄合わせのために「般若波羅蜜多咒」という語句が挿入されている。

陀羅尼は雑密の呪文


陀羅尼は雑密の呪文で、サンスクリットの正規の表現ではないため翻訳できず、仏教学者の渡辺照宏説、中村元説など、異なる解釈説を行っている


西暦2~3世紀にインドの龍樹が般若経典の注釈書である『大智度論』を著したとされ、般若心経もこの頃に成立したものと推定する説がある。しかしながら、現存する最古のサンスクリット(梵字)本は、法隆寺所蔵の8世紀後半(伝承では609年請来)の写本とされる貝葉本であり、漢訳経典より時代を下る。また、現在チベットやネパール等に伝わる写本も、それ以降の時代のものであり原形については不明で、偽経説もある。

ウィキペディアより

投稿日時:2011/02/13 14:14

春と秋のお彼岸にする行事とお墓参りなど



お彼岸のお墓参りに行きましょう


お彼岸には、家族揃ってお墓参りに行きましょう。
お墓まいりの際には、墓石のまわりをお掃除し、墓石をきれいに洗いましょう。
墓石の表面を傷つけない為に、スポンジや雑巾で石を洗うとよいでしょう。
花や、線香をたむけ、お菓子などを供えます。
合掌礼拝の前に手桶から水を墓石の上からかけます。
お水をかけるのもお布施の一つといわれます。

日本の祝祭日の中で、仏教的慣習にもとづいて制定されたのは、春分の日と秋分の日の二日だ
けですが、これらの日を中心にした各七日間づつの『春の彼岸』と『秋の彼岸』は、墓参りと
結び付けられて彼岸期間中には、日本人の過半数の方が墓参りをされるようです。

お墓参りに持参したいもの


お墓参りに持参したいものは『数珠』『線香』『ローソク』『マッチ』『花』『お供え物』『
手桶』『お掃除用のタワシや雑巾』などをご用意されるとよいでしょう。

ご自宅のお仏壇をきれいにしましょう


ご家庭ではお仏壇をきれいに掃除し、花、牡丹餅、おはぎ、お彼岸団子などをお供えしましょ
う。

ご先祖様や仏様にお土産の団子の地方も


地方や宗派などによりいろいろですが、彼岸の最終日のお昼前には、ご先祖様や仏様にお土産
の白玉だんごを供えたりもします。



彼岸にはお寺の行事として彼岸会の法要


寺院では『彼岸会』の法要がお彼岸の期間(春分の日と秋分の日を中心とした各7日間)に営
まれます。
読経や法話などがおこわれますので、お墓参りの折には参加して供養をお願いしましょう。

春・秋のお彼岸とは?


『彼岸』という言葉を『あの世』と解釈して故人を供養するという意味から、墓参りに行くよ
うになったと思われますが、本来の『彼岸』という言葉の意味は、『迷いの世界』に対する『
悟りの世界』の事で、その『悟りの世界』に到達する為にしなければならない六種類の実践行
に励む期間が『彼岸』の習慣であったのです。
仏教の創始者であった釈迦牟尼仏はこれらの実践行を完成した結果、三十五歳のときに『さと
られる者』である『仏陀』の境地に達成したのであり、それ以降の仏教徒も、この世で生きて
いる間に仏陀になろうと努力してきました。
しかし、日本の仏教においては死後に初めて仏の境地に到達できる、という信仰が一般的であ
ったために彼岸の期間に、先祖に供養する事が自分たちも死後に仏になる事を期待し、それが
墓参りという行事になったと考えられます。

仏に到達する為の『六種類の実践行』


仏に到達する為の『六種類の実践行』とは何であったのでしょう。

布施(ふせ) 広く人々に施しをする事、人によい影響を与えるような事を行う。

持戒(じかい) 日常生活の中で殺生をしたり、姦淫をしたり、盗んだり、嘘をついたりとい
った悪い行為をしない事。自分で自分を裁く事に修行する。

忍辱(にんにく) 冷静に判断して、簡単に腹を立てるようなことをしない事(不平不満を言
わない)

精進(しょうじん) 何事をするにも一所懸命に努力する。

禅定(ぜんじょう) 精神を統一する事(心の安定)。心の静かさを保ち自分を失わないよう
にすること。

智慧(ちえ) 正しい判断力を持つようになる事。

最後の智慧の言葉を集めたものが、仏教における経典です。
そして、その最後の智慧が完成されない限り前の五つの実践行をいくらしたところで無意味に
なります。

以上のような様々な意味を持っている『彼岸』という行事を単なる形式的な習慣として終わら
せないように、六種類の実践行の一つでもよいから、そして一年のうちの二週間でもよいから
何とかして実践しようと努力した時、ご先祖はきっと何よりも喜んでくれるのではないでしょ
うか。

ハセガワ仏壇の金仏壇を見てみる

投稿日時:2011/02/13 12:07

御文(おふみ)さま「白骨の章など」は蓮如上人が門弟の要望に




「御文(おふみ)さま」は蓮如上人が門弟の要望に応えて、真宗教義のかなめを平易な消息の形式で著されたものといわれています。宗祖親鸞聖人の『御消息』に示唆を得て作られたともいわれ、どんな人にも領解されるように配慮されています。

五帖八十通の『御文』は浄土真宗が飛躍的に拡大した吉崎時代のものがいちばん多く、上人が一般
大衆を精力的に教化されたことがうかがい知れます。

御文様(白骨の御文)


この白骨の御文は浄土真宗の中興の祖といわれています第8世蓮如上人が、真宗の教えを一般の信者に教えるために、平易に述べたもので80通が納められています。

そのなかでも、第16通は、「白骨の御文」として、人間のはかなさを諭したもので、葬儀や法事などで用いられています。
葬儀やお通夜でたいてい唱えられていますので、よくご存じと思います。
私は特にこの「おふみ様」を、特にありがたく拝聴しています。

それ、人間の浮生(ふしょう)なる相を、つらつら勸ずるに、おほよそはかなきものは、この世の始中終(しちゅうじゅう)、まぼろしのごとくなる一期(いちご)なり。
されば、いまだ萬歳(まんざい)の人身(にんじん)をうけたりといふ事をきかず、一生すぎやすし。
いまにいたりてたれか百年の形體(ぎょうたい)をたもつべきや。
我やさき、人やさき、けふともしらずあすともしらず。
おくれさきだつ人は、もとのしづくすゑの露(つゆ)よりもしげしといへり。
されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。
すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちにとじ、ひとつのいきながくたへぬれば、紅顔むなしく変じて、桃季(とうり)のよそおいをうしないぬるときは、六親眷屬(けんぞく)あつまりて、なげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。
さてしもあるべきことならねばとて、野外におくりて夜半(よわ)のけむりとなしはてぬれば、ただ
白骨のみぞのこれり、あはれといふも中々おろかなり。
されば人間のはかなき事は、老少不定(ふじょう)のさかいなれば、たれの人も、はやく後生の一大事を心にかけて、阿彌陀佛を深くたのみまゐらせて、念佛もうすべきものなり。
あなかしこ、あなかしこ。

「御文(おふみ)さま」の現代語訳


人間のはかないありさまをつくづく見つめれば、「およそはかないものとは、人がこの世に生れて死ぬまでの始中終、幻のような一ときである。
それゆえ、1万才の寿命を受けた人を聞いたことがない。
一生は過ぎ易い。
今にいたっては、誰が100年の姿形を保ちえようか。
私が先か人が先か、命の終わりは今日かも知れず、明日かも知れない。
先立たれる人、先立つ人、それは草木の根元のしずくがしたたり落ちるよりも多いと言える。
それゆえ、朝には生き生きとした顔をしていても、夕べには白骨と化してしまう身なのです。
無常の風が吹いたなら、二つの眼はたちまち閉じて、ひとつの命は永遠に絶えてしまいますので生き生きとした顔は空しく変わり果て、桃李のような姿も失われてしまったなら、親族たちが集まって嘆き悲しんでも、どうしようもないことです。
野に送って荼毘にふし、夜半の煙となりはてれば、ただ白骨だけが残るのみです。
あわれといっても、ただただ表現しようもありません。
それゆえ、人間のはかないことといえば、老いては死に、若くても死ぬことのあるこの世ですから、どなたも早く浄土往生の一大事を心にかけて、阿彌陀仏に心から信心し、お念仏を申すべきです。
あなかしこ あなかしこ



投稿日時:2011/02/06 18:12

浄土真宗のお経の種類は「おふみ様」を始め



南無阿弥陀仏・・・インドの古典語、サンスクリット語の音を中国語に置き換えたのもです。
三帰依文・・・・・人身受け難し、いますでに受く。ブッダン・サラナン・ガッチャーミ。
お経とお念仏・・・真宗ではおつとめでご先祖を回向するのではありません。
大経・・・・・・・仏説無量寿経です。 諸仏がこの世にお生れになる目的は。
観経・・・・・・・仏説観無量寿経です。王妃・韋提希(いだいけ)のお話です。
小経・・・・・・・仏説阿弥陀経です。極楽浄土と念仏往生。
正信偈・・・・・・親鸞聖人の主著『教行信証』の終りの方に書かれてあります。
和讃・・・・・・・親鸞聖人が庶民のために七五調の親しみやすい和文で書かれた教え。
御文さま・・・・・蓮如上人が門弟の為に親鸞聖人の『御消息』に示唆を得て作られました。

などが。


スポンサードリンク



ページ上部へ